『政府調査「従軍慰安婦」関係資料集成』

財団法人女性のためのアジア平和国民基金が編纂した『政府調査「従軍慰安婦」関係資料集成』がダウンロードできなくなっていたのが、いつの間にか復活していました。
http://www.awf.or.jp/6/document.html

この団体の発足時の呼びかけに於いて村山首相(当時)が

 私たちは、「慰安婦」制度の犠牲者の名誉と尊厳の回復のために、歴史の事実の解明に全力を尽くし、心のこもった謝罪をするよう、政府に強く求めてまいります。

と発言しており、この基金は結果的に従軍慰安婦問題を「軍の強制」とする韓国側の主張を補強する事になった、とんでもない売国的団体でしたが、この資料は検証に役立つと思います。

普通に目を通したら軍の関与はあっても強制とは言えないことが解ります。

慰安婦とは―慰安婦とは

 いわゆる「従軍慰安婦」とは、かっての戦争の時代に、一定期間日本軍の慰安所等に集められ、将兵に性的な奉仕を強いられた女性たちのことです。
 これらの人々のことを日本で戦後はじめて取り上げた書物の著者たちは「従軍慰安婦」と呼んできました。したがって、日本政府がこれらの人々の問題に最初に直面した時も、アジア女性基金がスタートした時も、「従軍慰安婦」という言葉を用いていました。しかし、戦争の時代の文書では、「慰安婦」と出てきます。それで、いまでは、「慰安婦」という言葉を使っています。
 
   「慰安婦」という言葉の使用例

http://www.awf.or.jp/1/facts-00.html

上記の描き下ろし。

證明書
■■■(黒塗部分)■■■
■■■(黒塗部分)■■■
當年二十二才

右ハ當隊附屬慰安所經營者ニシテ今囘慰安婦連行ノタメ歸臺セシモノナリ
 就テハ慰安婦ハ當隊慰安ノタメ是非必要ナルモノニ付之カ渡航ニ關シテハ何分ノ便宜附與方取計相成度
右證明ス
昭和十五年六月二十七日
南支派遣鹽田兵团林部隊長林義秀

現代語訳

證明書
■■■(黒塗部分)■■■
■■■(黒塗部分)■■■
当年二十二才

右は当隊付属慰安所経営者であって今回慰安婦連行のため帰隊する者です。
 ついては慰安婦は当隊慰安のため是非必要なもので、これの渡航に関しては何分の便宜の付与を取計らうように
右証明する
昭和十五年六月二十七日
南支派遣塩田兵団林部隊長林義秀

多くの人はここで言う連行を強制連行と同義語に扱うことから誤解が生じている。
連行とは「連添って行く」「一緒にいく」「同伴していく」という意味でそれ以上の意味は無い。警察ドラマなどで「連行する」と言う言葉が出ることから現在では概ね「強制的」な意味になってしまっている弊害からくる誤解。

別嬪が「化粧をしないでも美人」という意味から現在「化粧をしていない顔」という意味になってしまったのと同じだ。

100年近くの言葉が現代語と乖離していることは常識でしょう。
現代語と当時の言葉の違いを勉強すべきです。

誤解の代表例:https://blogs.yahoo.co.jp/kounodanwawomamoru/64979263.html